途中下車 (ラバヒルです)
 


 改札口どころか駅舎のどこにも、駅員さんらしき人影がないような。山野辺なんかの無人駅に比べればまだ。ホームの売店には退屈そうにしている店員さんが見えるし、それより何より、鉄筋コンクリートの真新しさが都会並みの風景ではある…ほぼ無人のプラットホーム。きっと朝晩の通勤客とかはたくさん乗り降りするんじゃないのかなとか、快速との乗り継ぎ駅だから真昼の今頃はこんななんだよとか、新米マネージャーが何とか話の穂を接ごうとしきりだったのも十分ほど前までで。今は…どこからか 込み入った内容の電話がかかって来たらしく。ホームの端へ行って、やたらペコペコしながら話を聞いてる模様。

 “夏休みも真っ盛りだってのになぁ。”

 こんなところで何やってるんだかと、思いはしたけど不思議と苛立ちはない。驚きや呆れってのは、度を超すと達観出来るもんなんだなと、こんな格好で悟ってしまおうとは。対面式開放型の高架の駅舎。眼下に広がるのは苗の緑が青々とした田圃がどこまでもという長閑な風景で、そっちから眺めればもっと浮いた施設なのに違いないこと請け合いだろなと、勝手に思って苦笑する。きっと…沿線に学園都市とか出来る予定があるとかいう話が持ち上がり、地価が上がるからとか何とかいう、よくある話で揉めてのやっと、路線も開通しの駅も完成しのしたら、今度は大元の開発事業が棚上げだか先送りだかになっちゃって。それじゃあ約束が違うからって、業者も逃げたおしての閑散とした代物になっちゃったってクチなんだろななんて。今時はドラマでも扱わないような、よくあるけれど笑えない顛末を何とはなく考えたくらい、暇を持て余していたのは誰あろう、

 「イケメンのはしり、桜庭春人が、
  こんなド田舎で何でまた、腑抜けたツラ 晒してやがるかね。」

 「…え?」

 不意な声かけも意外なら、その声の主もまた意外すぎて。彼が言ったその通りの間抜け、もとえ腑抜けたお顔になったほど。だって、桜庭が此処にいるのは、マネージャーの凡ミスで、妙な間合いにこんな辺鄙な駅へ降り立ってしまったからだ。それから小半時ほどは、各駅停車の普通列車さえ到着してはいないのに。なのにどうして、いつ、どうやって。この彼が此処に立っているものか。此処には居るはずがない人。だって、

 「妖一、合宿は?」
 「あー? 此処の近所だかんな。
  駅前まで買い出しに来てて高架を見上げたら、
  ホームに間抜けヅラが見えたんで、こうして寄っただけだ。」

 顔が指すがため、自然と身についた座り方。ちょっぴり前かがみになってのお膝へ両肘を引っかけるという格好で、桜庭が腰掛けていた同じベンチの、少し間を空けたお隣りへ。そちらさんは逆に、天井向いての反っくり返った尊大な姿勢でどさりと座った、金髪痩躯の悪魔様。無地のアロハ風開襟シャツをオーバーシャツのように羽織った下は、黒地のタンクトップに麻かデニムのスリムパンツ。ロゴも何にもなくっての飾り気が無さ過ぎて、そこが却って…手間をかけて選んだもので固めたお洒落になっているという、ややこしい着こなしをしている彼なのは、まま今更だとして。

 「此処の近くかぁ。静かなトコだもん、集中出来そうだね。」

 こんな“偶然”なんて、せめて泥門や地元のご近所じゃなきゃそうそう起こり得ない事だってのにね。なのに“たまさか”で通そうとするのへと、こっちからも付き合って差し上げて。サングラスを外しつつ、そんな風に話を続ければ、

 「おうさ。
  携帯の電波も、専用アンテナのブースターがねぇと届かねぇから、
  雑音は一切シャットアウト出来ててよ。」
 「うあ、それって進とセナくんとか可哀想じゃない?」
 「何を言うか、
  ウチは二部リーグにいつまでも居座るつもりはねぇんだかんな。
  ちゃらちゃらメールとかやり取りしてる場合じゃねっての。」

 ちゃらちゃらメールとかやり取りしてる場合じゃあなくとも、

 “ウチの事務所のスケジュールにちょっかい出す余裕はあるんだvv”

 新米マネージャーさんが桜庭に割り振られたのも、実を言うと妙な話で。新人アイドルが夏のイベントのメインに抜擢されて、ベテランのマネージャーさんは、粗相がないようにとそっちに付き添うこととなったところまではともかくも。これから向かう現場は、何度も別のドラマで通った別荘地。なので、勝手はよくよく知っており、桜庭が一人で向かっていたなら、こんな初歩的な…乗り換えミスなぞしなかった。これにしたところで、

 『おかしいなぁ。
  いや・あのね? 車内で社長からのメールがあって、
  “今は臨時便が出てるシーズンだから、
   この駅で降りたら連絡がいいから早く着くぞ”って連絡があってサ。』

 それで降りたのに、臨時便なんて出てないって話だし。事務所に電話したらそんなメールなんてしてないって社長はおカンムリだしと。何だかおたおたしちゃってた彼には悪いけど。こちらの彼の登場で、全てに合点がいった桜庭としては。なぁんだと感じたその途端からこっち、頬がゆるんでしまってしょうがない。蒸し蒸しするばっかのプラットホーム。これで二本目の新快速だか特急だかが通過したのに撒かれた、何とも埃っぽい風が起きて。二人を横薙ぎに叩いて通り過ぎつつ、髪やシャツをもみくちゃにする。いつもだったら悪態の一つもつくとこだろうにね。

 「………。」

 特に話題を思いつかないのか、妙に黙りこくってる白い横顔。こっちは、本当に久々に見るもんだから嬉しくってしょうがないんだけれど。ねえ、自分からこうと持って来たから、何か話題をって振れないのに気づいてる? 此処まで持って来ることしか考えてなかったでしょ? 妖一って、戦力には強いけどフォローはぞんざいだもんね、いつも。そんなこんなまでこっそり思えてしまうほど、妙に余裕を覚えていた桜庭だったけれど。あんまり調子づいちゃいけないことだって、はい、ちゃんと判っておりますともと。そこもまた抜かりはない模様。別に話なんてねぇよと言わんばかりに、ただただ天を仰いでる誰かさんのお顔の向こう。さっきからとうとううたた寝を始めた店員さんが立つ売店に眸をやると、ポケットの小銭入れを引き出しながら、すっくと立って足を運んだ。え?というお顔をしたのへ、小さく微笑って“待ってて”と唇だけ動かして。

 「はい、お待たせ。」
 「…何だ、これ。」

 とんぼ返りで戻ったそのまま、買って来たもの…の片割れを差し出す。缶ジュースでもコーラでもない。僕だってそれほどまで甘いものが好きってワケじゃあないんだけれど、
「夏場になると何故だか無性に食べたくなるんだよね、これ。……あ、そこのタグみたいな出っ張りを横に引いたら開くから。」
 チューブごと冷やして凍らせた、何て言やいいのかな。チューイングアイス? いやそれはもうちょっと氷菓子みたいなのを言うのかな? チョコやビスケット、カレーで有名な、某製菓食品会社のヒット氷菓で、2本で対になってるアレ。
「チョコ味か?」
「いや、チョココーヒーだよ?」
 あんまり甘くないし、甘いって思う前に食べ切っちゃうから、煮詰まってる間合いの休憩なんかには丁度いいんだよね。言いつつ、先に口をつけてしまうと、
「…。」
 いかにも子供みたいな食べっぷりに呆れたか、一瞬眉をひそめた妖一だったけれど。ただこうして持ってたってしょうがないと諦めたのか、ゆっくりと口へ運んで、ちゅくりと食べ始めて下さって。

 「………?」
 「ね? ちょっとした口直しにはいいでしょ?」

 ほんのりと。意外そうなお顔をしたのへ畳み掛ければ、
「…。」
 癪だったのかちょこっと目元を眇めたものの、そのまま食べ続けて下さって。あ・そうか、お前これのCMやったんだ。ぴんぽーん♪ その夏はこればっか食べてたから、それで刷り込まれたのかもしれないと。うくくvvと笑って見せたらば、バーカと言いたげな、悪戯っぽい笑いをお返しされた。


  ―― なあ。
      なぁに?

     ちゃんと飯とか食ってるか?
      うん、食べてるよ?

     こういうのばっかじゃ いかんぞ?
      判ってるよ。体が資本だもんね。

     移動中だけしか寝れねぇってのもナシだ。
      うん、仮病使っても寝るようにしてる。


 仮病はよかったな。小さく笑って、アイスが空になったの見下ろして。ベンチの後ろ、こんな閑散としたところには不釣り合いなくらいに大型のごみ箱を見つけると、座ったまんまの肩越し、ぽいっと投げれば見事に吸い込まれたコントロールは相変わらずで。

 「そこらへポイ捨てはしないんだ。」
 「まぁな。親父の会社の手前もあっから。」
 「???」

 こういう公営施設の備品や何やを整える発注も担当している会社が傘下にあるとかで。まま、そんなことを言い出したらキリがないほど、彼の親御さんの会社の規模は馬鹿でかいのだし、今のはむしろ…行儀がいいのはそんなせいだと誤魔化したかった妖一だったのかもしれない。そうこうしている内に、やっとのことで快速電車がやって来て。マネージャーが慌てて…ドアが開く前から“乗って乗って”と叫んでたんで、苦笑混じりに立ち上がる。次は いつどうやって逢おうかなんて話はしない。だってダメになったら寂しいじゃない。直前の約束ならまだしも、指折り数えて待ってたものだったら尚更つらい。だから、いつの間にか、そういう約束はしなくなった。


  ―― じゃあね。
      おう。


 視線をからめ、ドアのガラス窓越しに手を挙げあって、それだけで終しまい。いつまでも見送り合って未練を引きずるのもなし。だって相手が気にするじゃない。ただまあ、そっちからは見えないだろからと、駅舎をいつまでも見つめるくらいは自分に許して。むせ返るような温気の満ちた中での盛夏の逢瀬は、七夕の恋人たち以上の呆気なさにて、手の中からすべり落ちていったのだった。






  ◇  ◇  ◇



 そんな慌ただしい、というか、すれ違いもはなはだしい逢い方をしてでもお互いを補給したかった忙しい夏は、それでもそろそろ折り返しを迎えており。

 「お盆休みで店がばたばた閉まっちまうんでな。」

 合宿所に使っていた施設自体は、蛭魔の実家のコネで借りたものだったし、賄いだ何だも自分たちでもやりゃあ出来たけれど。いかんせん物資の不足はどうにも出来ずで。トラック仕立てての都心から運ばせてまで、その場所にこだわる意味はないのでと。残りはお盆が明けたら大学のクラブハウスで続行という運びになったらしく。そのお盆の真っ只中の週末に、二十日ぶりにて やっと再会が叶ったお二人さんだったりする。

 「こっちも似たよなもんだよ。」

 桜庭がドラマの撮影があってと途中で抜けられたのは、あの日だけ。いかにも郊外の別荘地というロケ地で撮りたいシーンがあったので、日帰りで戻れる場所だからと説明し、高見さんからの口添えも頂戴しての離脱だったらしくって。
「ウチは大学の敷地でっていう合宿だから。職員さんが休みになるだけじゃあない、学校も閉まっちゃうんだよね。」
 なので、今週いっぱいがずっと自主トレになったと苦笑をして見せる。二人の出会いのそもそもの切っ掛けのアメフトは、本場のアメリカでだって暑い真夏が幕を閉じてからが本番だ。体力作りや調整には持って来いのブランクだと、この痩躯のどこにそんなスタミナがあるのか、タフな悪魔様は楽しそうに笑ったものの、そうまでお好きなトレーニングの最中だったろに、体が空いたというメールでちゃんと会う時間を作って下さる優しいところもあるのが、桜庭には嬉しい限り。

 “もしかして、妖一がいたから続けてられたのかもしれない。”

 アメフトと、役者のお仕事と。絶対いつか破綻してどっちかを諦めなきゃいけないと、他でもない桜庭本人が、一番そう思っていたのにね。具体的に手を貸してくれるほど甘くはないけど、でも。好きで始めて今もその気持ちに嘘がないなら、そう簡単に諦めるなって。途中で膝ついても立ち止まってもいいじゃねぇかって、見守ってくれてる。そんなスタンスをずっと取っててくれてることで、プレッシャーかけての励ましたり、見限ってないのが一人はいるぜと微笑ってくれたり。そうやってさりげなく支えてくれたのが、どれほど助けになってたことか。

 「お。」

 面倒がらずにこうしてわざわざ、顔見せての逢ってくれるのだって、どれだけ色々キャンセルしてのことかと思えば、すこぶるつきに贅沢なデートなんだろうにね…と。なかなか謙虚なことを思っての、しみじみ堪能していた街歩きのその途中。どうしたいとも何とも言わぬまま、目についたコンビニへとすたすた歩みを運んだ蛭魔だったのを、そのくらいはもう慣れた桜庭がゆっくりと追う。此処は彼のホームグラウンドで、畏れ多くも駅まで迎えに来ていただいた身。マンションまで車でというお邪魔は、車のナンバープレートを盗撮されかねないので辞めとけとクギを刺されており。そんな結果の、JRでのご訪問で。出て来たついでにと、雑誌か何か買うのかなと思ったところが、雑誌のスタンドまで行かず、レジの片側奥の冷凍庫へと至った悪魔様。ガラス扉越しに品定めをすると、素早くお目当てを見つけたらしく、手早く取り出しお勘定。

 「なに? そんなに暑い?」

 自分は冷房の利いてた中を来たばかりだが、少しでも待ってた彼なら喉も渇いたに違いないこと。飲み物ならともかくアイスの買い食いをするところなんて、滅多に見ないので珍しやと思っておれば、

 「ほれ。」

 さっそくにも包みをはいでの、小気味のいいぱきりという音させてから。桜庭へと差し出されたのは…いつぞやのアイスの片割れじゃあありませんか。
「…あれま。」
「要らんのか?」
「いりますvv」
 よくよく考えてみなくとも、結構ガタイのいい若い男が二人して、チューイングアイスを(歩き)ながら食べというのは笑える構図だったかも知れなかったけれど。あまりの暑さの唯一の恩恵、ただでさえ閑散としている住宅街の真っ昼間、外を出歩く人影は全くといっていいほどなかったので。照れる必要なんてなく、心地のいい甘味を堪能させていただいた。それにしてもまあ珍しいこと。こんな甘いものを自分から買った蛭魔の行動には、桜庭でなくとも驚くところで、

 「何なに、ヨウイチにとってのマイブーム?」

 いちいち照れたり躊躇しないのはそれこそお人柄だろうけど。彼ならもっと高級な代物を…自分は食べずとも来客用にと、出入りのシェフ殿があのマンションのフリーザーにも入れてもおろうに。出先でふっと買いたくなるなんて、よほど好きじゃなきゃしないことじゃない?と。嬉しそうに話を振った桜庭へ。

 「マイブーム?」
 「だから、これ。日頃も食べてるんでしょ?」

 冷凍庫から捜し当てたのも素早かったし。慣れがなきゃああはいかないと続けようとしたらば、

 「いや。これが二度目だ。」
 「…はい?」

 いや美味いと思うぞ? でなきゃこの俺がわざわざ買うかよと、そこは妙な方向へ威張っても見せた彼だったけれど、

 “…何で耳が赤くなるかな。”

 今になってスィーツごときにって照れが出たのかなと、内心でそんな感慨を転がしつつも、

 「二度目って、じゃあこないだ一緒に食べて以来?」
 「……まあな。///////」

 あ、駄菓子みたいでカッコ悪いとか思ってたな、さては。パフェが好きだけど彼女が一緒じゃないとオーダー出来ない男みたい…と畳み掛けかかったところが、

 「これって二人居ねぇと買えねぇじゃんか。」
 「……はい?」

 さすがに一人で二本は多いしな、他の出先で見かけても、残りを溶かしちまうんじゃあと思うと手が出なくてよ。そんな言いようをし、ふんとそっぽを向いてしまう。

 “えーっと、それって……。////////”

 例えばセナくんと半分こってのは、さすがに照れも出ようし、何より驚かれもしようから。それで手が出なかった、とでも言いたいのだろうが。でもね? それって…別な見方をするならば。おやや?と注意を引かれるほど、彼の中で関心のあるものとなってたってことじゃあないかしら。甘いものは苦手なくせに、ケーキだアイスだなんてのは女やガキの食いもんだって豪語してるくせに。真っ直ぐコーラやジンジャエールへと視線が直行せずの、こんなものへ引っ掛かってた彼だっただなんて。

 「…? どした?」
 「あ、ううん、なんでもないっ。」

 いやぁ、暑い中で食べると美味しいねぇなんて。何とか誤魔化し、あははと笑う。蝉の声さえ呆れているように聞こえる、そんな長閑な昼下がりの一幕でございました。






  〜どさくさ・どっっとはらい〜  08.8.07.


  *アイスって、最近だとファミリーパックってのを買いませんか?
   あれだと1個が随分小さいんで、
   ちょっとだけ欲しいときには重宝するんですが、
   そのサイズで慣れてしまうと、
   今度は外で買う時にどれもこれも大きくて困るんですよう。
   パピ○も長いこと食べてないなぁ…。
   ちなみに、1つを半分こというと、
   筆者の世代では…棒が2本ついてて真ん中で割るソーダアイスが主流でした。


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